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2014.02.03

贋作を真作だと紹介するキュレーターの問題

最近、不用意にリンクをクリックした上に「アプリケーションを信頼する(インストールすると同じ意味)」という過ちを犯し、SPAMの「加害者」となってしまうという事例が急増しています。

糸井重里、佐々木俊尚のアカウントも乗っ取られた!「ツイッターニュース24」というスパムに注意!

一般的に「ITに詳しい」と思われている著名人も多数引っかかっていますので、悪徳商法でよく言われる「自分は大丈夫と思っている人ほど、騙される」を正に証明する事例です。「情報リテラシー」を高めることで、確率的には引っかかりにくくなることは確かですが、「尊敬する人に勧められた」「たまたま体調が悪くて頭が回らなかった」「不幸(彼氏に振られたとか)があって思考力が鈍っていた」「キャンセル押そうとしたら、クシャミをした反動でOKを押してしまった」「猫がEnterキーを押してしまった」など、人が悪徳商法に引っかかる原因は様々です。そこに、消費者保護の重要性があります。すなわち、判断力の弱いもしくは一時的に弱っている人でも大丈夫な社会になれば、判断力が強い人は、より安心して生きていくことが出来るようになるという「バリアフリー」の重要性です。

それで、ネットをやっている人の多くは「俺は騙されない」つまりは「ウソをウソと見抜けるだけのリテラシーがある」と思ってやっているでしょう。この点について、「キュレーションの時代-「つながり」の情報革命が始まる」(佐々木俊尚)では、次のように述べられています。

情報の真贋なんてだれにもみきわめられない

そもそも私たちは、情報のノイズの海に真っ向から向き合うことはできません。一九九五年にインターネットが社会に普及しはじめたころ、「これからは情報の真贋をみきわめるのが、重要なメディアリテラシーになる」といったことがさかんに言われました。(中略)正直に告白すれば私も過去にそういうことを雑誌の原稿や書籍などで書いたこともありました。しかしネットの普及から一五年が経ってふと気づいてみると、とうていそんな「真贋をみきわめる」能力なんて身についていない。それどころか逆に、そもそもそんなことは不可能だ、ということに気づいたというのが現状なのです。

そして、一般の人には検証できない一次情報の例をあげた上で、

でも一方で、もしその「検察トップと民主党の某幹部の密談」というのが政治ジャーナリストとして著名な上杉隆さんや田原総一朗さんの署名記事に書かれていたらどうでしょう。「これは本当かもしれない」と多くの人は信頼に足る記事だ、と捉えるのではないではないでしょうか。なぜかといえば簡単なことで、過去に上杉さんや田原さんが書いてきた記事が信頼に足る記事が多かったからです。つまり「事実の真贋をみきわめること」は難しいけれども、それにくらべれば「人の信頼度をみきわめること」の方ははるかに容易であるということなのです。

と書いています。さらに「過去のアーカイブ」が残ることから、「人の信頼を測ることは、ソーシャルメディアの時代になって昔とは比べ物にならないほど容易になりました」としています。

この点について、私はある程度賛成です。

ところで、昔、インターネットの黎明期に「『誰が書いたか』ではなく、『何が書いてあるか』が重要」と主張して一世を風靡した「河上イチロー」なる人物がいました(現、松永英明)。彼は、当時、オウム真理教信者であることを隠してオウムの主張を流布するために、そういったスローガンを掲げていたのだと思いますが、その主張の内容は一理あるかと思います。と言うのも、人の信頼を測るためには、その人の「肩書きや一般的な評価」ではなく、アーカイブとして残されている「何を言ったか」や「何をしてきたか」が重要となるからです。ただ、佐々木氏は「人の信頼度をみきわめることの方ははるかに容易」と言っていますが、「人の真贋」をみきわめるリテラシーもリテラシーの一種である以上、おのずと限界があります。そもそも、最初に書いてあることが「信頼に足る」ものであるかどうか判断する「人」は誰なのか鶏と卵の問題のような気がしますし、繰り返し判断されることで「淘汰」されるとしても、ネットの世界で正しい「淘汰圧」が働くのかどうかといったことも疑問に思います。
# なお、ページランクのように「信頼度が伝播」するモデルを組み立て実装する方法もありますが、Google八分という問題があります。

結局のところ、「この人はキュレーターとして一定評価を得ているから」という漠然とした信頼が、カルト宗教をお勧めすることや、変なSPAMリンクをお勧めすることで、どう「淘汰」されていくのか、これから注目していきたいと考えています。

ちなみに私は、重要なのは「誰が言ったか」でも「何を言ったか」でも無く、「どのような立場で言ったか」もしくは「どのような目的があるのか」を第1に考えることだと思っています。人は「ぼくのおとうさん」という歌にもあるように、その時によって様々な「立場」を持って生活しています。いくら口先で良いことを言っていても「自分が儲かりたい」目的が隠されているのがステマや投資商法ということになりますし、社長ブログで綺麗事並べても所詮は会社のためです。「どのような立場で言ったか」「どのような目的で言ったか(隠された意図があるのか)」を考えるためには、肩書きではなく「何を言ったか」を見ないといけませんが、立場や目的を明らかにするためには、それぞれの主張を切り離すことなく「誰が言ったか」を見ないといけません。立場さえ明確になれば、言ってる事やってる事との「乖離」が無いか検証可能となり、ひとつの意見として意味があるかどうかが分かります。

ですから、悪徳商法?マニアックスでは開設当初から一貫して「このページは、悪徳商法についての具体的な知識・事例・対策の収集・分類を目的としています」という目的の表明を最初に掲げています。私が、消費者問題や表現の自由に関わるのは、「関わらないと目的が達成できないから」です(コレクションくらい、好きにできる世の中になって欲しいものです)。

どうか皆さんも、何かを書いたり言ったりする場合は、この「立場」というものを表明してから言って欲しいと思います。また、人の信頼度を測る際には「立場を表明しているか」や「言ってることの裏にある目的」を考えて欲しいと思います。そして、「ジャーナリスト」とか「キュレーター」とかいった「自称の肩書き」と実際の行動との乖離を検証し、騙されないようにしてください。

P.S.
そう言った意味では、「社長ブログ」というタイトルは分かりやすくて良いと思います。
そして、社長でも社長で無い人でも、全ての人は何らかの「消費者」ですから、消費者問題ひいては悪徳商法問題は重要だと思います

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コメント

このブログのゴーストライターは福井利器。

投稿者: A (2014/02/06 16:23:17)

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