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2013.09.08

なぜいまだにコミケを開くのか

以下のようなエントリーがあった。
なぜいまだにコミケを開くのか

読者の中にはコミケ信者もいるかもしれず、また2013年の情報の配布技術の素晴らしさに気がついていない者もいるかもしれぬ。そこで、筆者は2013年における、極めて一般的な情報の流通方法を例示しよう。

私は、コミケには全く思い入れが無いのですが、コミケには存続してもらいたいもしくは、存続させなければならないと考えています。
なぜならば、情報を伝達する「ルート」は複数確保しておくべきだからです。

「インターネットは、核戦争時にも通信を確保するために生まれた」というのは俗説ですが、ある経路での情報伝達が不可能になった場合でも、別の経路が使える可能性は「平時」から考えておかなければなりません。2013年現在、もしくはこれからの未来において、表現の主体はインターネットで行われることは間違いありません。しかし、インターネットは完全なる自由を実現した場では無く、国家や法律、検閲、商業主義、自主規制のようなもから人間関係のようなものまで、様々な「制約」が存在する場です。インターネットで不可能な表現をコミケで実現出来る(もしくは可能性がある)のですから、媒体の多様性を確保するという意味でコミケを存続させるべきです。

表現は、表現する者のみで成り立つのではなく、表現を受け取る者がいて初めて成り立つものです。そして、一般の表現者にとって、表現をそれを読みたい読者に届けるのは容易ではありません。コミケであれば、同じ趣向を持った人(まさに「同人」)に出会える可能性があります。コミケは、表現の多様性を確保してきたという実績で大きな集客力を持っているのですが、一度やめてしまえば再び同じような場を作ることは容易ではありません。

もちろん、コミケも完全な自由を実現した場ではありません。インターネット同様、様々な制約があります。ただ、その制約は、媒体(紙とネットの違い)や責任者(コミケ実行委員会とプロバイダ)の違いから、おのずと異なります。私は「コミケが、最終的な自由を確保してくれる」と考えているのでは無く、制約の違いが大きな重要性を持つと考えています。ある点において優れているからと言って、全ての場を同じ特性・同じ制約の元で運営するのは、多様性を確保する意味で間違っているのは自明のことです。

「なぜいまだにコミケを開くのか」という主張は、「冷蔵庫に入った武勇伝を、写メで送るよりもtwitterを使った方が広く拡散できてスゴくね?」と言っているようなもので、アホとしか言いようがありません。

参考リンク
神の加護を受け、やや日刊カルト新聞が夏コミに参戦

YouTube等で削除され事実上“発表禁止”になった、摂理による取材妨害の映像のDVDも販売したい。

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